Jazzyなおくさま

約30年棒に振ってきた人生ですが、とにかく行動するので生暖かく見守って欲しいブログ。ADHDとかHSPの傾向はあるよ。

愛ハムとのお別れ。

久しぶりの更新となってしまいました、よしだです。。


新年早々重たい内容ですがお許しください(´・ω・)


昨年末、可愛がっていたハムスターのチビが亡くなりました。


12月初めに、腫瘍が見つかっていたので、長くないなと覚悟していたのですが…


2歳2ヶ月と、ハムスターとしては高齢だったので、エキゾチックアニマル専門病院でも手術は応じて貰えませんでした。


腫瘍に効果があるかもということで、頂いたβ-グルカンのエキスを与えるのみ。


あとは咀嚼力がどんどんなくなってしまったので、タンパク質多め、糖質は控えた食べ物を与え、水分はペレットに含ませて…と、私なりに工夫をしていましたが、チビは毎日喜んでたくさん食べてくれました。


腫瘍は日に日に大きくなり、下半身だけパンパンに膨れる状態になり、その姿は大変痛々しいものでした。


病院は数軒回りましたが、やはりハムスターという生き物は手術が本当に難しいようです。


死亡リスクが高いのに、切って治そうとするのが必ずしも良いことではないと。確かに、飼い主のエゴになってしまうな、と思って諦めました。


ただ、亡くなってしまったのが悲しすぎて、その選択さえも本当に正しかったのかと少しだけ思ってしまいます。


亡くなった日も、朝に私が用意したごはんを食べてくれました。


しかし、動きなどを見ていて、もう危ないかも、となんとなく思って、仕事中もずっとチビのことを考えていました。


仕事から帰ると、先に帰宅していた旦那が、苦しそうなチビを見つけて、抱っこしていました。


もう動くこともできなくなっていたので、手の中で撫でながら看取りました。


ハムスターが亡くなる瞬間を看取ったのは初めてでしたが、


生き物が亡くなる瞬間は、きっとほとんどがとても苦しいのだろうな、と実感しました。


人間の手の中で看取られることが、ハムスターであるチビにとって幸せだったのかどうかも、よくわかりません。


この子とは色々工夫してコミュニケーションをとってきましたが、もともと人の手でゆっくり過ごすようなコミュニケーションは、好きではなかったので。


『最期に手の中で看取ることができてよかったね』と、軽々しく言えるもんでもないのかも、と個人的には感じてしまいました。


チビは、苦しい中でも鳴くこともなく、ごはんを食べ、時には散歩もしたりして、とても健気に生きていました。


なのに、なんでこんなに苦しそうに亡くならなくてはいけなかったのか…


できることなら安らかに、眠るように死なせてあげたかったのです。


私のお世話に至らない点があったかもしれないし、もしかしたら要らぬストレスを与えてしまったかもしれないし。


そんな、悲しみや怒りや後悔があって、葬儀に向かうまでは自分に苛立ち、笑うこともできませんでした。


お経をあげて頂き、住職さんとお話しをして、『チビちゃんが心配しているから、これからは悲しむのではなく感謝を伝えてあげましょうね』という言葉で、苛立ちは収まって、少し助けられました。


とはいえ、ふとした瞬間に日頃の様子を思い出して泣いてしまったり、後悔が残るのは変わりません。


この間、疲れてぼーっとしていた時に、チビの気配がして、


『私は悪い子だったかな?』と、話しかけてきた気がしました。


全くもってそんなことは思っていませんが、たまに米袋などを齧ってイタズラしたり、危ないことをしようとしたときに、『こらっ!悪い子だねー』と、軽く叱ってしまうことはありました。


チビが悪いわけでなく、環境を整えてない飼い主の責任だというのに…ああ、こんなとこも本当にダメですね。


『ごめんね、チビはとっても可愛いいい子だよ』と、心の中でお返事しました。


霊現象的なことはほぼ信じないタイプなので、ただの幻覚なのかもしれません。


でも、生まれ変わりとかがあって、チビがまた我が家に来てくれるならな…と、ついつい思ってしまいます。


チビが嫌でなければですけどね…(´・ω・`)


チビには本当に、動物と暮らすためのいろんなことを教えて貰って、一緒に頑張ってこれたことも多くありました。


そんなことを思うとやはり、感謝するのが一番大切なことなのでしょうね。


人生の中で大切な存在は、人間だけとは限りません。